家族のためのメモリアル写真雑貨アドバイザーべら美のブログ・静岡県伊豆の国市

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べら美の生い立ち④ 失敗と迷走を繰り返す20代前半

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べら美の生い立ち ~もくじ~

 

 

 

96年に高校を卒業して
都心にある服飾系専門学校に入学しました。

針仕事とお絵描きが好きだったので
自分には適性があると思って。

 

入った学校はクリエイターというより、職人育成の方針でした。
デザインコースでも毎日授業でパターンをいくつも引き、家では夜中までソーイングの宿題。
あっという間にギャザースリーブの袖山がフリーハンドで引けるようになりました。

 

でも…真面目すぎる私は
厳しい先生の指導を全て真正面から受け止め

120%応えるべく自分を追い詰めていきます。


膨大な課題をこなすために、渋谷にも原宿にも寄らずまっすぐ帰宅。
高校から続けていたアルバイトも辞めることに。
真面目だったから先生のウケはよかったけど、すり減っていく一方でした。

 

1学期が終わりに近づいた頃、ついに服を見るのもパターンを見るのも嫌になって
ある朝、衝動的に学校とは反対方向の電車に乗り
逃避行からの無断欠席。

 

先生方には何度も引き留めていただきましたが
それ以上通う事ができませんでした。

 

 

この時思った事は

 

どうも洋裁は思ってたほど好きじゃないのかも
大物(=服)は途中で飽きる→雑貨が限界

 

それと


好きな事を仕事にしようとすると「嫌い」になる


なので
仕事は仕事で、お給料をいただくものと割り切って
好きな事は趣味で大事にすればいいと。

 


そう考えた私は夏休み中に勉強を始め、
翌年の春に公務員になりました。
また随分と極端に割り切ったなと我ながら思います。


ところが思うようにいかないもので
配属されたのは午前様連発の部署。
公務員だからってみんな5時で帰れるとは思ってなかったけど
連日午前様とか聞いてないよorz

 

休日は休めばいいのに、日曜日にはネイルスクールに通って現実逃避。

 

疲労がピークだった3年目には
デスクに辞表を入れて、いつでも出せるような状態に。
けっこうぶっ壊れてました。

 

 

4年目で念願の「もうちょっと楽な職場」に異動でき、すんでのところで全面崩壊を回避。

 

 

 

翌年、この頃知り合った男性と結婚します。
2002年、24歳でした。

 

 

 

べら美の生い立ち⑤ 自分を責めて追い詰めて潰した20代半ば